「信なき言論、煙のごとし」は後世への戒めだった

「勝手たるべし」に骨抜きにされた純粋な庶民

「智慧がなくて、難しいことはよくわかんなくても、信じてさえいれば、以て、それが「代わり」になって、救われる」

に対する曲解。

日曜日に「教会」に行っていれば、それが、信じてることになる

「投票」に行きさえすれば、それが、信じてることになる

みたいな曲解。

でもさあ、「信」って、「実践」だと思うんだよね。

もう、このあたりの「実践方法」は、散々言われまくっているし、

何度も何度も読んでいるはずなのに

懇切丁寧に、かみ砕いて、説明されているはずなのに

「まことのときに」、完全に忘れきっている。

…その方が楽だからさ。

2014年から「タイパ」してる訳だから、

もう12年も「骨抜き」状態な訳よ。

それが、勢力縮小の一番の原因な訳だよな。

そうして、そこに目を付けていた権力側の「憲政史上初の圧倒的大勝利」なわけだよな。

まさに、「勝手たるべし」がこの令和の時代にも有効なことが実証されてしまったわけだよな。

まあ、文章としてどう残っているとか、理論がどうだとか、どうでもいいわけよ。

「現実にどうなったか」が大事だって、

これも耳が腐るほど、言われてきたことじゃん?

・・・

マジメな話、

「心ある人は」今からでも遅くないから、

「実践」を心得るべきだよな。

「力ある人は」今からでも遅くないから、

「一言でも」語るべきだよな。

完全に差が付くから

やつらは「お通夜状態」だろうから、

「純粋な庶民様」を尻目に

引き続き、「実践」あるのみだろう?

次だよ?次!次!