「集団自決」とは「家族間の殺し合い」だった事実を受け継ぐ

蘇る凄惨な記憶 語り手を傷つけてでも沖縄戦を聞く意味とは 取材同行の21歳学生の自問<若者と紡ぐ>:北海道新聞デジタル
80年前の傷にそっと触れる。「ね、今でも引っ込んでいるでしょ」。沖縄県糸満市の大城静子さん(91)の首の付け根あたりに、確かに2カ所のくぼみを感じた。 太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)、木の棒...

広場には数百人が集められていた。祖母や母ら家族9人で円陣を組んだ。「天国に行っても会える。何も心配しないで」。大人がそう言うと、殺し合いは始まった。

 「とても優しかった」母親は不発だった手りゅう弾から火薬を抜き、大城さんの口に押し込んで窒息させようとした。すぐに吐き出した。その母は親戚の男性に激しく殴られ、息絶えた。

 大城さんも殴られた。うつぶせになり死んだふりをした。男たちは鎌で切り合い、至る所でうめき声が響いた。

 それから数時間後。大城さんは米兵に助けられたが、生後数カ月の一番下の妹は母親や祖母と一緒に亡くなっていた。まだ立つこともできない乳飲み子だった。
 「『ごめんね。救うことができなかった』って。今も思い出すたび涙がこぼれる」

「戦争とは、教育の敗北」なのかもね。現代日本も危ない。80年たって全て忘れてるわ。

ちなみに、集団自決しても天国には行けないよね。また、戦時下に生まれてきて、同じような苦しみに遭う。まさに「無間地獄」。詳しくは述べないけど。

沖縄戦、「生きるべき」母が止めた集団自決 家族の輪に手りゅう弾 - 日本経済新聞
先の大戦で米軍が上陸した沖縄戦から80年。23日は沖縄での組織的な戦闘が終わったとされる「慰霊の日」だ。米軍が迫る山中、家族での集団自決を止めた母。従軍した15歳の少女に「生きて」と説いた隊長。惨禍を生き抜いた人々は記憶を次代へ継ぐ思いを新...

「レイプされても、決して自死しない」が究極の教育だよね。現代は、貞操観念が崩壊していて、WW2の頃よりは良くなったんだろうけど。なんだっけ?ガザ地区戦闘でも、パレスチナにレイプされまくった女性の人質たちも生き残っていたよね。現代戦争。

まあ、戦争になると、自分の子どもたちがこういう悲惨な体験をすることを肝に銘じるべきだね。なぜ、これだけ、子育て支援が盛んなのかをよくよく考えた方がいい。